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多摩ニュータウンが衰退した理由

2011.10.14

都心のすぐ西側に形成された郊外の、さらに西へ向かうと、そこには郊外の郊外ともいえるエリアがある。江戸時代には街自体が存在していなかった、まさに原野や山林といっていいようなエリアだ。たとえば、衰退する街の代名詞として何かと槍玉に挙がる多摩ニュータウンをみてみよう。ここは、高度成長期に開発され、1970年代にできあがった新しい街である。当時、カラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、車などを手に入れ、物質的に豊かになったホワイトカラー層が、最後に欲したのが「夢のマイホーム」だった。その夢のマイホームを供給した多摩ニュータウンの団地も、30年も経つと、住民の高齢化と若年層の流出によって、ゴーストタウン化の危機を迎えていることは、たびたび指摘されている。30年の歴史しかない街が衰退していく一方で、江戸開府から400年の歴史を持つ「侍の街」が、ますます栄えている。また、約80年の歴史を持つ田園調布などの高級住宅街があり、底堅い人気を維持している。400年も繁栄を続ける街が存在する一方で、30年もすると衰える街があり、しかも、その格差が開き続けているというのは、いったいどういうことなのか。ある専門家グループの研究結果によると、「短期間で大規模な都市が形成されたニュータウンほど、その後の街の衰退が著しい」という法則があるという。実は、急成長から急衰退までのメカニズムは単純明快なのである。

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